第3章

 

僕等は道の端を歩き始めえた。


地下道は外よりも涼しく、人通りも少なく見える。「猫」にとっては安全の道かもしれない。

 

「おい! 危ない!」


ガガは、僕の尻尾に噛みつき引っ張りだした。

 

後ろから「ブゥゥゥゥン」と、四角形の動物が(車)灰色の煙を吐きながら過ぎって行った。


「もうちょっと壁端に寄って歩けよ」と、ガガは、呆れた顔を見せた。


「あ、ゴメン……」と僕は、しぶしぶ謝るしかなかった。


あの四角形の動物(車)はサイテーの生き物だ。目の前に生き物がいても平気で轢きにくる。人間もこいつ等に轢かれたのを見かけた事がある。しかも轢いても謝りもしない。

 

たちの悪い奴はそのまま去っていく始末。本当にサイテーだ。地下道にはそんな奴等が、大勢列を成して(眠っているのか?)動かずにいた。


「此処から抜け出したいな」と僕は、小声で吐いた。列を成しいてるこいつ等が動き出したりでもしたら、たまったもんじゃない。


「地下道は単なる通り道だ。俺が行きたいのはあそこ」とガガは、顔を坂に向けた。


「あの坂は?」


「人間は普段通らない坂だ。『カー』しか通らねぇ」

 

「えっとぉ、『カー』?」


「あいつ等の通称だよ」と、トトが言った。


坂を上り、外に出た。太陽に照らされてガガが一言、「やっぱ外はいいなー」と、厚い雲が広がる空を見上げて言った。


ガガは、「で、こっちだ」と、ガードレールを跨いだ。道路と道路に挟まれた人気のない空間。そこに淋しく佇む、一本の木の陰に僕等は座り込んだ。トトは体を丸めてリラックスした。


「此処が俺の休憩所だ。いいだろっ」


「よくこんな所に行こうなんて思いましたね」


道路と道路の間のせいか、「カー」の騒音がうるさいが、いつもの事だ。


「ポポよ、お前は銀座に来るまで何処に居たんだ?」とガガは、唐突に質問してきた。


「ん~、あまり覚えてないけどぉ、頭に残るのは丸い球体が付いた灰色の建物が建っている街から大きな橋を渡って此処まで来た気がする」と僕は、首を傾げながら頭に力を入れて、曖昧な記憶を口から出した。


「あ~、何処だそこ?」


ガガは首を傾げ返した。トトが大きな欠伸をかました。


「とにかく、街を転々と渡り歩いて此処まで来たんだよ」


僕は結論の言葉を吐き「ガガは何処から来たの?」と、質問し返した。


「俺はなぁ~、遥か遠いとこからねぇ、来たんだよ。歩いて行ける距離じゃねぇぞ」


「歩けばいつかは辿り着けるでしょ」と僕は笑みを浮かべて吐いた。歩いて着けない所なんてない。僕はそう思っている。


「それは無理だな。なんたって海の向こうに在るからな」


「じゃぁ、どうやってこの街に来たの?」


「人間と一緒に『ふね』って物で来たのさ」


「へ~、そうなんだ」


 僕は真顔で深く頷いたが「ふね」と言うのが何か知らなかった。


「んで、『ポーランド』って所からはるばる来たのよ」


「ポーランド?」


「そう、其処はなぁ~、人間もカーも少なくて植物も澄んでいて、『言う事なしさ!』って言える所から来てんのよぉ」


ガガは思い更けながらしみじみと言った。


「へ~、なんか良さそうな所だね」


「いや、『良さそうな所』じゃなくて『良い所』なんだよ。あ~、あの清らかな空気をもう一度味わいたいなぁ~」


「じゃぁなんで残らなかったの?」と僕は、サラリと一言呟いた。


「……」


ガガは黙り込み、トトの顔を窺った。トトは丸く蹲り、スヤスヤと寝ていた。


「人間が好きなのさ。俺を飼ってくれる家族が好きで離れたくないんだ」


「ご飯とか寝床をくれるから?」


「違う。そんなんじゃねーよ。今の幸せは家族の御陰だからだ。俺の心には人間に対して「恩」と「愛」があるのさ、俺は」


「ほ~、そんなに考えてたんだ、君ってスゴイね」と僕は、深く頷いて感心の意を言葉に表した。


「トトのダンナは人間たちを毛嫌いするが、ポポ、お前はそうなんじゃねぇぞ」


ガガが歩道を歩いている人間をジッと見つめながら言った。


「……うん」


僕は、人間に対して興味を持った事は(自慢じゃないけど)ない。「悪い奴」と思った事もないし、逆に「良い奴」とも思った事もない。


よぼよぼで老けた人間に道端で、魚の残飯を貰った事がある。


汚い猫に理由もなく、唾を吐きかけた人間を見たことがある。


一体、どちらが本当の「人間」なんだろうか。けれど、考ても答えは浮かばないから、深く考えない事にした。


「そろそろ家に帰るか……」


ガガは一言呟いて、スッと立ち上がり、「ダンナを起こすか」と、空気に向かって吐いた。


「オイッ、ダンナァ」

 

ガガは肉球でトトの頬を軽く叩いた。


トトは起きず、さらに丸まり込んだ。トトの顔を窺うと、苦い……と言うより苦しそうな表情を浮かべていた。


「ポポ、起こせるか?」


僕はトトの耳を肉球で上手く引っ張った。


「ハワッッッ!」


トトは目をパッチリと開け、何かに驚愕したような表情を出した。


「大丈夫? なんか魘されてたけど……」


「……あー、いつもの事だ。なんでもない」


「悪い夢でも見てたのか?」とガガが不安そうに吐いた。


「そんな所……いや、大丈夫だ、なんでもない」


トトは重い腰を上げて立ち上がり「空が赤いな。もう帰るよ」と浮かない顔を出して呟いた。


「あー、俺も家に帰らねーとな」


ガガは周りを見渡すような素振りを見せて「今日は解散っ」とハッキリと言った。


「家がある猫はいいな……」とトトが皮肉じみた言葉を呟いた。

 

 

つづく