第1章

 

目が覚めた。

 

真ん丸い太陽が「目を覚ませ」と言わんばかりに、光を照らしていた。灰色の建物が立ち並ぶ街で寝ていたのか。灰色の地面、道の片隅で腰を上げ、尻尾を真っ直ぐ立たせ大きな欠伸をした。僕はとりあえず、前方に歩を進めた。その時、人間の野太い脚が目の前を横切った。

 

「ワワッ」と僕は、一歩退いた。何故だろうか。ふと、悔しく思った。

 

気づけば多くの人間がワラワラと野道を歩いていた。仕方ないから、僕は道の片隅を歩い……歩くしかなかった。

 

とりあえず、お腹が空いた。

 

「起きたら迷わずご飯を探す」

 

それが僕の日課(どの生き物もそうだと思うけど)である。まずはいつもの魚が並んでいる所に足を運ぶ事にした。

 

道を抜けて、違う道に入る。そこを抜けてまた違う道に踏み入れる。まるで迷路だ。最初からこんな道なのか? 自然とこうなったのか? どっちにしろ「猫」の僕からしたらだるい。しかも人間を避けなければならい。

 

太陽がほんの少し位置が変わっていた所で餌場に着いた。そこは人間が賑わい、魚を袋に入れ、持ち帰っている姿が目に入った。通過した道以上に人間が多くいる。いつもの事だ。人間も魚が欲しいのだろう。その人混みに猫が立ち入る隙が無く道の隅っこで餌場を眺めた。

 

棚には、多くの魚が(綺麗にとは呼べないけど)並んでいた。

 

「オイッ」

 

誰かが僕を呼んだ声が聞こえた。空耳だろうか。

 

「オイッ! 『ポポ』!」

 

僕の名、「ポポ」と呼んだ猫が僕の横に現れた。

 

「ワッッ! いきなし何っ?」

 

僕はその猫に驚いた顔を見せた。

 

「何驚いてんだ? ポポ」

 

「いきなし横から言うからさ」

 

僕の横にいる灰色の猫、「トト」はこの餌場で知り合った、数少ない友人の一匹で牧同様野良猫だ。

 

「にしてもなにボーと餌場眺めてんだ?」

 

「いや、旨そうな魚が並んでて……ほら、あのでっかい鯛。あれを口に含んだら一週間は何も食わずに生きていけるよね。一度でもいいから食べてみたいよ」

 

「ハハッ、そうだな。けどよ、俺らは野良猫だ。あんなの拝むだけで精一杯だ」

 

僕は黙り込んでいて、その鯛に愛しい瞳で見つめていた。

 

「オイ、あそこの鯛を食べようって気じゃないよな。綺麗に並べられてる魚を盗ったらただじゃ済まされないぞ。あれは人間が人間の為のものなんだよ」

 

「解かってるよ、そんな常識」

 

トトの言う意味は解っている。人間の食物に手を出したら、人間はたちまち「怒り」に走る。僕等猫界の常識、「人間様の食べ物を勝手に食べてはならない」だ。

 

トトと一緒に餌場の裏にまわり、人気のない薄暗い路地に入った。本当の餌場だ。ゴミ箱にビニール袋、表で不要になった物がここに捨てられる。人間にとっては必要のない物かもしれないけど、猫にとっては必要のある食扶ちなのだ。

 

ゴミ箱に近づくと、ゴミ箱の裏から先客がヒョコッと顔を出した。

 

「トト、先悪いね。旨そうなモンは全部腹の中だ」

 

茶色い小柄の猫が満足そうな面で言った。

 

「オイ、『ガガ』また家出か?」

 

トトが近づいてそう吐いた。

 

「マァ、そんなところだ。ご主人の飯よりこっちの方が旨いんだよ、これが」

 

「この幸せ猫、俺等の身にもなってみろ」

 

「分かったよダンナ。これで許してくれよ」

 

ガガは、ビニール袋を引っ掻いては破り、顔を突っ込み、中から魚の皮を引っ張り出した。ガガは皮を口で銜えながら投げた。

 

トトは上手く口でキャッチし、「悪いね」と、一言呟いた。

 

「そこの猫は?」とガガは、僕の方に顔を振り向けた。

 

「そいつは連れだよ、ポポだ。」

 

「ふ~ん、野良か?」とガガは、僕の顔を窺った。

 

「ハイ……」と僕は、顔を近づかれ多少ビクついてしまい小声で夷言った。

 

「もうこれしか残ってねーけどいるか? 魚の骨」

 

ガガは袋から魚の骨を取り出して、僕に向けて投げた。上手く口でキャッチできず、地面に落としてしまった。

 

「鈍感だな……」とガガは、苦笑した。

 

餌場を後にして、僕、トト、ガガ、の三匹は街道の端っこを歩き始めた。何やら工事の騒音が鳴り響いていて、その音がたまらなく不快だった。耳を塞ごうにも手が耳に届かないからなお辛い。

 

「トト、最近どうだい?」と、ガガが魚の骨を銜えながら聞いた。

 

「……いや、特に何も。人気のつかない所を転々としてるよ、まったく」

 

トトは浮かない顔を浮かして吐いた。

 

「何だ不満そうだな。如何したんだ?」ガガがにやけた。

 

「……『ノノ』と言う黒い猫がいただろ」

 

「あ~、目の黄色いあの黒猫ね、ハイハイあんたがこないだ餌場に連れてきてたね」

 

「……あいつが死んだんだよ」

 

「?」

 

ガガは笑顔から一変、崩れたように苦い顔を晒した。

 

「そのノンノってのさ、どうして死んじゃったの?」と僕は眉間に皺を寄せて、暗い顔を見せて言った。

 

「知り合いの猫から聞いたんだよ。人間のガキの前を横切っただけで暴力を振るわれたらしい」

 

「たったのそんだけでか?そんだけで?」

 

ガガは口を限界近くまで開け、驚愕していた。僕も同じ気持ちだ。ガガほどのリアクションはとらないけど。

 

「人間の間では「黒猫が自分の前を横切ったら不幸が起こる」って言い伝えがあるんだそうだ。それだろうな」

 

「そんな根拠のない言い伝えのせいでその猫は死んじゃったの!?」

 

「言い伝えのせいじゃない。人間のはやとちりのせいだ」

 

トトは冷静な口調で言ったが、その後歯を噛みしめた。

 

「……あんまりな話だな」とガガはタメ息を吐いた。

 

「あんまりだね……」と僕はガガの言葉に続き、同情の言葉しか出てこなかった。

 

「あいつの『命』は『あんまり』じゃぁ済まないんだよ。」

 

トトは愚痴を超えて怒りの一言を吐いた。

 

「あああ、スマン、つい感情的になってしまって……」

 

「いいんだよ」とガガは、一声かけ、トトの肩に肉球を置いた。

 

「……」

 

僕は何も言えずにただ肩を落として歩いていた。しかし、人間に対して怒りとか憎しみの感情は湧いてこないし、別に沸いたところで何もできない。

 

「ねえねえ、なんでトトはこの街から出ないの?」

 

「この『銀座』が好きだからさ」

 

「銀座?」と僕は、首を傾げた。

 

「そうだな、ポポはこの街に来てまだ日が浅いものな。この街は銀座って言うんだよ」

 

「トトはどれ位、この街に居るの?」

 

「そういえば俺も知らねぇな」とガガが僕の質問に乗った。

 

「随分ながく居るなぁ、ずっと昔からだ」

 

トトは少し顔を空に上げ、もの耽る感じを見せた。しかし、すぐ「ハッ」と浮かない顔に変わり、顔を前に向けた。何か嫌な思い出でも思い出したのだろう。

 

「じゃぁ、銀座を知り尽くしているんだね」

 

「いや、太陽が進むに連れて銀座も変わっているんだ。暇があれば銀座の中心地に行ってみるといい。綺麗だぞ」

 

「そうなの?」

 

「俺が行ったときは、何も綺麗じゃなかったぜ」

 

「それは空が明るいからだ、暗くなる頃に行くといい」

 

「へぇ~、そうなんですか」

 

僕は、感心して頷いた。

 

「オイ、ちょっとこっちに行かねぇか?」

 

ガガは先にある、地下に続く階段に「クイッ」と顔を向けた。

 

「地下道か、確かにここは暑いからな、それに人間が多い」

 

「そう、近道にも使えるしな。お前もながくこの街に居たいんだったら知っていて損はないぜ」

 

横から唐突に人間が横切った。僕等は止まり、人間が通過したところで再び歩を進めた。

 

 

つづく